Russian consulate, Jerusalem, 東エルサレム、パレスチナにある外交使節団
エルサレムのロシア総領事館は、1858年12月に設立され1914年まで機能したロシア帝国の外交使節団である。その建物は1859年から1864年にかけて、西エルサレム中心部のメイダム広場にあるロシア人地区の一部として建てられた。現在、旧領事館にはエルサレム市の複数の部署が入っている。
領事館は1858年12月、アレクサンドル2世がROPIТの代理人ドルゴブジノフを領事に、書記1名とともに任命したことで開設された。当初は聖墳墓教会近くの土地を購入したが、裁きの門の敷居などの遺構が見つかったため、その地はアレクサンドル・メトヒオンとして帝国正教会パレスチナ協会に移った。領事館は代わりにメイダム広場のロシア人建物群内に1859〜1864年に建てられ、1891年に総領事館となり、1914年に外交官がエジプトへ去って閉鎖、その後イギリスが行政中心として使用した。
メイダム広場の建物は1859年から1864年にかけてロシア人地区の一部として建てられ、後にエルサレム市に移り、市の部署が今も使用している。外交の面影は名称と、1897年から1907年まで長官を務めたアレクサンドル・ヤコブレフら領事の記録に残る。
旧領事館は旧市街の西にあるロシア人地区のメイダム広場に建ち、現在はエルサレム市役所の各部局が使用しているため一般公開されていない。広場から地区を歩きながら、1859年から1864年にかけて建てられた他のロシア建築とともに外観を見ることができる。
領事館の建物は1964年、ソ連政府によって「オレンジ取引」の一環として売却された。帝国正教会パレスチナ協会のP・V・プラトーノフはこの売却を違法だと述べた。現在、旧領事館にはエルサレム市の複数の部署が入っている。