Powder Tower, チェコ共和国プラハの旧市街にあるゴシック様式の要塞塔
火薬塔は、ナ・プシーコピェ通りと共和国広場の角、市民会館の隣に建つ高さ65メートルの後期ゴシック様式の門です。砂岩の切石の壁は粘板岩の地盤に9メートルまで達する基礎の上に立ち、幅6.36メートルの通路は網状リブ穹窿で覆われています。1878〜1886年のヨセフ・モッケルによる改築で、四隅の小塔を備えた急勾配の屋根と連続する盲アーケードが加えられました。
建設は1475年、石工の親方ヴァーツラフのもとで、荒廃した山の門の跡地に始まり、まもなくプロスチェヨフのマティアーシュ・レイセクが後を継ぎました。当初「新しい門」と呼ばれたこの門は現在の地盤より約9メートル下に基礎が置かれ、高さ42メートルでした。1483年にヴラジスラフ2世がプラハ城へ移ると工事は止まり、塔が完成したのは1878〜1886年、ヨセフ・モッケルによるものでした。
ファサードの像は、各統治者をその支配地の紋章と組み合わせています。カレル4世は帝国とルクセンブルク、プシェミスル・オタカル2世はボヘミアとオーストリア、イジー・ス・ポジェブラトはボヘミアとシレジア、ヴラジスラフ2世はボヘミアとモラヴィアの紋章を伴います。持ち送りや迫持には小さな滑稽な人物や動物、天使が彫られています。
訪問客は186段の石段を上って、約44メートルの高さにある展望ギャラリーに到達します。そこからプラハ旧市街の眺めが楽しめます。営業時間は季節によって変わるため、訪問を計画する前に確認するとよいでしょう。
名前とは裏腹に、この塔に火薬が保管されたことはありません。チェコ語の資料は18世紀半ばから火薬倉庫だったとし、英語の資料は火薬貯蔵には使われなかったと記しています。王の像のそばの持ち送りや迫持に彫られた小さな滑稽な人物、動物の意匠、天使を探してみてください。