Solnice, チェスケー・ブジェヨヴィツェの塩倉庫
ソルニツェはピアリスト広場にある後期ゴシック様式の建物で、1531年に穀物倉庫として建てられました。長い単廊式の5階建てで、白いファサードは狭間のある階段状の切妻で終わり、5階には1531年の年号を刻んだ石板があります。一方は旧市壁に接し、他方は広場に面しています。
1531年にドミニコ会修道院の墓地の敷地内に建てられたこの建物は、当初は市の穀物倉庫として使われました。その後は武器庫となり、さらにリンツァー・シュタイクを通ってボヘミアへ運ばれる塩の倉庫として利用されました。1564年にチェスカー通りに建てられた第二の塩倉庫は、マルシェ川の船に塩を積み込むために使われました。
建物の名は最後の用途である塩倉庫に由来し、塩はリンツ道を通って運ばれ、床面の4つの開口部からロープウインチで引き上げられました。東ファサードの3つの石の頭部と西破風の4つ目は、隣接する聖母マリア奉献教会を盗もうと企てた後に斬首された盗賊にまつわる伝説と結びついています。
建物はピアリスト広場に面し、東側のファサードが広場に、背面がマルシェ川の旧流路沿いの市壁に接しています。2019年からは展示スペースを備えたレストランが入り、フロズノヴァ通りの醸造所と地下のビール配管網で結ばれています。ファサードの石の頭部に注目してください。
建物には四つの石の頭部が刻まれています。東ファサードの3階・5階・6階に三つ、マルシェ川の旧流路に面した西側妻壁に四つ目があります。伝説では、隣の聖母マリア奉献教会を襲おうとした盗賊たちの首を落としたものとされています。