Mausoleum of the Albanian Royal Family, アルバニアのティラナにある霊廟
アルバニア王室の霊廟はティラナ南郊、王宮として完成しなかったパラティ・イ・ブリガダヴェの敷地内に建つ。正方形の石造建築は高さが幅を上回り、平らな屋根の中央に灰色のリブ付きドームが載り、頂部から細い棒が伸びる。壁は滑らかな淡灰色の板を淡い縞模様のトラバーチンの帯で縁取ったもので、正面右側には緑色の枠の縦長の窓がある。長辺には窪み状の張り出しがあり、2012年の再建では大理石が多く用いられた。
当初の霊廟は建築家ケマル・ブトカの設計で、前年に死去したゾグ国王の母サディイェのために1935年12月30日に落成した。1944年11月17日に共産主義勢力によって破壊された。同じ場所に複製が建てられ、アルバニア独立100周年に合わせてゾグ国王の遺骨がパリから戻された2012年11月17日に落成した。
この霊廟は、王宮として完成しなかったパラティ・イ・ブリガダヴェの敷地内、ティラナ南端に建つ。2012年の複製は文化記念物研究所の指導のもと、大理石を多く用いて建設され、予定費用は約2100万レクだった。改葬は国葬として行われ、アルバニアとコソボの大統領ブヤル・ニシャニとアティフェテ・ヤヒャガ、首相サリ・ベリシャが参列した。
霊廟はティラナ南郊、王宮として完成しなかったパラティ・イ・ブリガダヴェの敷地内にある。現在の建物は1935年の元の場所に建てられた複製で、周囲は市街の通りではなく宮殿の庭園である。方形の石造躯体にドームが載り、長辺にニッチ状のくぼみがあるのが目印。
国王ゾグは1961年に死去し、パリ近郊のティエ墓地に埋葬された。遺体は51年後の2012年に発掘され、ティラナへ運ばれた。国葬として行われた埋葬には、アルバニアとコソボの大統領ブヤル・ニシャニとアティフェテ・ヤヒャガ、首相サリ・ベリシャが参列した。