Kotavank, アルメニアのネルキン・ゲタシェンにある修道院
コタヴァンクは9世紀の修道院で、アルギチ川の上にあり、ドーム型の十字形デザインで玄武岩のブロックから建てられています。構造には南壁と西壁に2つの入口があります。
コタヴァンクは9世紀末、マリアム公女とシュニク領主ヴァサク・シュニの子で、アショト1世バグラトゥニ王の孫にあたるグリゴル・スパン公によって建てられました。当時この地は郡の中心で、シュニ家のハイカズン系の拠点であるコトにあり、一族の墓所とされました。コタヴァンクとコトは10世紀から11世紀の侵攻で一部が破壊され、後に地震でも損傷しました。
教会の周囲には多数のハチュカルや古い墓石がある広い中世墓地が広がる。隣接する現代の墓地が古い墓地に迫り、多くのハチュカルや墓石が元の位置から動かされ、裏返して積み上げられている。現代の墓地に隣接する丘には、多くのハチュカルがある別の古い墓地もある。
教会はアルギチ川とネルキン・ゲタシェン村を見下ろす丘の上にあり、道沿いにはハチュカルが並ぶ。屋根、ドラム、ドームは崩落し、内部は屋根なしで開けている。教会の下にはかつて2本のトンネルがあり、1本は近くの泉へ、もう1本は谷への避難路だった。資料には立ち入り可能かは記されていない。
修道院の下のトンネルは二つの目的を果たしました。水へのアクセスを提供するとともに、紛争時に避難経路として機能しました。これらの地下通路は、中世の実用的な防御思想がこの場所の設計に組み込まれていたことを示しています。