Mata Utu Cathedral, ウォリス・フツナのマタウトゥにある大聖堂
マタウトゥのノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂は、長さ60メートル、幅20メートル、尖塔の高さ20メートルの切石造りの建物です。2つの長方形の塔の間には、ウォリスの王章である青いマルタ十字が取り付けられています。青い火山岩は手作業で切り出され、ラロラロ湖周辺の崖から採石されたものもあります。写真には、切妻屋根の明るい身廊、アーチ窓、ドーム屋根の塔、木製の柵が写っています。
1857〜58年に女王アメリア・トカガハハウ・アリキの下で最初の石造教会が建てられ、1859年から1869年にかけて外国人の石工により新しい教会が造られた。1935年、ウォリス・フツナが使徒座代理区となった際に大聖堂となった。1952年1月28日からペテロ・ハマレ神父の指揮で再建され、二つの側廊が加えられ、1959年8月13日に祝福、1962年8月12日に奉献された。
大聖堂には、ウベアの慣習王ラヴェルアの墓所がある。1858年にソアネ・パティタ・ヴァイムアが葬られ、その後も複数の王が続き、伝統的な埋葬地ニウヴァルに代わる場所となった。塔の間の青いマルタ十字はウォリス王家の紋章で、島の旗にも描かれている。
大聖堂はマタ・ウトゥ中心部の波止場近く、1876年築のウヴェア王宮の隣に建つ。波止場の反対側にはファレ・フォノの平台があり、市場やレストラン、ホテル、郵便局も近い。建物は長さ60メートル、幅20メートル、尖塔は高さ20メートル。2つの方形の塔の間にある青いマルタ十字に注目したい。
大聖堂には、1858年に埋葬されたソアネ・パティタ・ヴァイムアをはじめとする、ウォリス島の慣習的な王ラヴェルアの墓所がある。これにより王の埋葬地はニウヴァルから大聖堂へ移ったが、ニウヴァルは象徴的な重要性を保っている。1973年に死去した使徒座代理アレクサンドル・ポンセもここに眠る。