Palace of Itamaraty, ブラジル、リオデジャネイロの新古典主義の宮殿
イタマラチ宮殿は、1851年に着工し1855年に完成した厳密に対称的な新古典主義建築で、グランジャン・ド・モンティニーの弟子であるジョゼ・マリア・ジャシント・レベロが設計した。背面には皇帝ヤシに囲まれた水鏡が配置され、構成を延長している。1927年から1930年にかけて、ジョゼフ・ジール、ロバート・プレンティス、アントン・フロデラーが中庭周辺の建物を新古典主義のボザール様式で改修し、図書館を増築してファサードを変更した。
この宮殿は1851年から1855年にかけて、初代イタマラチ男爵の子フランシスコ・ジョゼ・ダ・ホーシャ・レオン(イタマラチ伯爵)のために建てられ、設計は公式にはジョゼ・マリア・ジャシント・レベロに帰されている。1889年から1898年まで共和国政府の所在地、1899年から1970年まで外務省の本部となり、外務省の通称イタマラチの由来となった。1938年にはブラジルで8番目の国定史跡に指定された。
イタマラティという名は、1899年から1970年までこの宮殿がブラジル外務省の本拠地だったことから、同省の公式な通称となった。名称はトゥピ・グアラニー語に由来し、「小石の川」(itá=石、mirim=小さい、ty=川)などの意味が提案されている。現在は歴史外交博物館、歴史文書館、地図庫が入る。
現在この宮殿には、リオデジャネイロの外務省代表事務所、歴史外交博物館、歴史文書館、地図資料室のほか、国連ブラジル情報事務所が入っています。建物は1938年にブラジルで8番目の国定史跡に指定されました。見学の前に博物館と文書館の公開方法を確認してください。
この宮殿は1938年、ブラジルで8番目に国定記念物に指定された建物です。その名は、70年間この建物を使用した外務省の公式な別称となりました。