Volunteer Park, シアトル、キャピトル・ヒルにある歴史ある都市公園
ボランティア・パークはキャピトル・ヒルの尾根にある48.3エーカーの公園で、1903年にジョン・チャールズ・オルムステッドがクリの並木道に沿った南北軸を中心に設計した。1901年建造の市営貯水池が二本の主軸の交点にある。1912年の温室は白く塗られた金属骨組みの建物で、中央部は三段に階段状にせり上がって湾曲したガラス屋根に至り、左側に低い片流れ屋根の棟、中段に格子模様の帯がある。
シアトル市は1876年、J.M.コルマンから2,000ドルでこの土地を購入した。当初は墓地として使われ、1884年にシアトル墓地がデニー公園になると、遺体はこの地のワシェリ墓地へ、さらにレイクビュー墓地へ移された。公園はレイクビュー公園、1887年にシティ公園と改名され、最終的に米西戦争の義勇兵をたたえて義工公園となった。
1932年にフラー家の寄付で建てられた建物は、1991年にSAMが中心街へ移転した際、シアトル・アジア美術館になりました。公園の中心にあるブロンズ像は弁護士で市民活動家だったトーマス・バーク判事をたたえており、台座には「1876」と「JUDGE THOMAS BURKE」と刻まれています。
公園の二本の軸は、ペルゴラと睡蓮池に挟まれた段状花壇を備えたコンサート用の木立で交わる。南北の並木道には栗の並木が続く。東側の小道は15th Avenue EastとEast Prospect Streetの旧路面電車停留所へ通じる。温室と栽培施設は北側の境界沿いにある。
温室は1912年にニューヨークのヒッチングス社からキットとして届き、公園北端の管理人小屋と作業用温室の隣に組み立てられた。白く塗られた金属骨組みは三段に階段状に立ち上がって湾曲したガラス屋根に至り、左側に低い棟、右側に扇形の窓がある。