Bellapais Abbey, キプロス、キレニアのベラパイスにあるゴシック様式の修道院
ベラパイス修道院は、キレニアの上の丘の中腹に建つゴシック様式の修道院で、中世の宗教建築に特徴的な石灰岩の壁と尖ったアーチがあります。主な建物には、教会、中庭を囲む回廊、修道士たちがかつて食事を共にした食堂があります。
この地はかつてエピスコピアまたはピスコピアと呼ばれ、聖墳墓教会の守護者だった聖墳墓の律修司祭たちが、1187年にサラディンによるエルサレム陥落後に逃れてきて住み着いた。エメリー・ド・リュジニャンが修道院を創建し、最初の建物は1198年から1205年のもので、聖マリア・オブ・ザ・マウンテンとして聖別された。1206年には白衣の律修司祭(プレモントレ会)が後を継ぎ、15世紀と16世紀の文書はこれを「白い修道院」と呼んでいる。
ベラパイスの名はフランス語の「平和の修道院」に由来し、イタリア支配後に「美しい国」を意味するベッラ・パエーゼに転じたとされるが、ジョージ・フランシス・ヒルはこの語源の両方の部分に疑問を呈した。食堂は現在コンサートや講演の会場となり、春から初夏には国際的・地元の演奏家によるクラシック音楽祭が開かれる。
この場所は傾斜した地形に建てられており、複数のレベルと階段があるため、探索するには快適な靴と時間に余裕を持った訪問が欠かせません。早朝または夕方の訪問は、より良い光と少ない人混みを提供し、移動や細部の観察が容易になります。
食堂の東壁には、1878年以降この部屋を病院として使い、小火器を撃ったイギリス兵の弾痕が今も残る。回廊では、上下に重ねた2基のローマ時代の石棺が修道参事会員の洗面台として使われ、装飾のある上の槽から無地の下の槽へ、さらに庭へと水が流れた。