Lengberg Castle, オーストリアのニコルスドルフにある中世の城
レングベルク城は東チロルのニコルスドルフにあり、リエンツの東約13キロに位置する。中核はロマネスク様式の2階建てパラスで、厚さ2.20メートルの環状壁を持ち、天守はない。1480年から1485年にかけて、ヴィルギル・フォン・グラーベンが1階層、聖セバスティアンと聖ニコラウスに捧げる礼拝堂を備えた西棟、東棟を追加し、城門は約3メートル下げられた。
レングベルク城は1190年に初めて文書に登場し、シュヴァーベン系のレヒスゲミュンデ伯の所有であった。1207年、ハインリヒ伯はマトレイとミッタージルとともにザルツブルク大司教エーバーハルトに売却し、1212年のハインリヒの死後、大司教領に移り、城代が置かれてレングベルク裁判所が設立された。1480年、ヴィルギル・フォン・グラーベンが城を譲り受け、ゴシック様式に改築した。
城の礼拝堂は1485年10月、カオルレ司教ピエトロ・カルロによって聖セバスティアヌスと聖ニコラウスに捧げられた。その秘書パオロ・サントニーノは、奉献式とその後の祝宴を旅行記『イティネラリウム』に記している。礼拝堂はフィルギル・フォン・グラーベンのもとで増築された西棟にある。
城はドラウ渓谷北側の小高い丘の上、ニコルスドルフにあり、リエンツから東へ約13キロ、ケルンテン州との国境に近い。現在は若者支援団体AufBauWerkが使用しており、公開博物館ではないため、敷地に配慮し外観を見学する。
2008年の改修で2階に密閉された空洞が現れ、15世紀に上階を増築した際に埋められたとみられる。インスブルック大学のハラルト・シュタードラーが遺物を調査し、シャツ、靴、リネンのブラジャー4点が見つかった。うち1点は縁にレース編みの跡がある現代のブラジャーに酷似し、ロンドン博物館の学芸員ヒラリー・デイヴィッドソンは女性下着史の「ミッシングリンク」と評した。