Palais Pálffy, オーストリア、ウィーン中心部にある新古典主義の宮殿。
パルフィ宮殿はウィーン1区インネレ・シュタットのヴァルナー通り6番にある新古典主義の宮殿で、1809年から1813年にかけてフランス人建築家シャルル・ド・モローの設計で建てられた。ファサードは14軸、アンピール様式の室内はラファエル・フォン・リゲルによる。カイザーシュタインブルーフ産の硬い白い石の大階段と大祝宴の間は一部が当初のまま残る。
ヨハン・グラーフ・パルフィ・フォン・エルデードがフランス人建築家シャルル・ド・モローに依頼し、1809年から1813年にかけて、火災で失われた旧建物の跡地に建設された。1908年にヨハン・パルフィが死去し、相続人は1920年に銀行・出版業主リヒャルトとアルトゥール・コラに売却。その後1989年まで総行政文書館、2004年まで連邦行政アカデミーが入り、2007年11月からOSCE事務局が置かれている。
パルフィ家はこのヴァルナー通り宮殿をウィーンの邸宅として所有し、ヨハン・パルフィ・フォン・エルデードが建設を依頼、相続人は1920年に銀行・出版業者のリヒャルトとアルトゥール・コラに売却した。アンピール様式の室内はラファエル・フォン・リゲルが手がけ、大広間は一部が当初の姿で残る。2007年11月からはOSCE事務局が入る。
ヴァルナー通り6番の宮殿はOSCE事務局が入る建物で、公開博物館ではないため内部の部屋は事前の取り決めがないと見学できません。カイザーシュタインブルーフ産の白い石を使った大階段と大広間は一部が創建時のまま残っています。建物は2004年から2007年にかけてアブリンガー、フェドラル&パートナーの統括設計で全面改修されました。
この宮殿は2004年から2007年にかけてアーブリンガー、フェドラル&パートナー建築事務所の総合計画の下で大規模改修が行われた後、2007年11月からOSCE事務局が入居しています。それ以前は1989年まで連邦行政文書館、2004年まで連邦行政アカデミーが置かれていました。硬い白いカイザーシュタインブルーフ産石材の階段をもつ大階段は一部がオリジナルのまま残っています。