Burg Grimmenstein, オーストリア、グリメンシュタインの城跡。
グリメンシュタイン城は、クルムリーゲルの南東斜面、海抜660メートルに位置する城跡で、岩の露頭の上に建つ高い城と、その下の低い防御壁で構成されています。この場所には、中世の防御設計の異なる段階を示す複数の建造物が組み合わさっています。
この地に最初の要塞が築かれたのは12世紀で、13世紀には約25×30メートルの核の周囲に石壁が建てられた。アルベルト・フォン・グリンメンシュタインは1144年から1158年の間にフォルムバッハ=ピッテン伯エクベルト3世の家臣として記録され、その子アルベルトは第5回十字軍に参加し1218年のダミエッタ包囲で名を残した。一族は1309年頃に断絶し、城は後に公爵領となり、1444年に皇帝フリードリヒ3世によって売却された。
グリンメンシュタインの名は中世の文書に現れるが、クルムリーゲル山の三つの要塞を指すフォーダーグリンメンシュタイン、ホッホグリンメンシュタイン、ヒンターグリンメンシュタインという呼称は19世紀以降のものである。数キロ南の集落は20世紀までアム・トライトルと呼ばれ、その後城の名を取った。1961年以降、博物館室には古い紋章や騎士の鎧が展示されている。
城は標高660メートル、クルムリーゲル山頂の約100メートル下の岩の尾根にあり、森の中の徒歩道で向かう。かつての跳ね橋は固定橋に替わっている。2016年4月から一般公開され、文化財に指定されている。斜面では丈夫な靴が役立つ。
城の名は誤解を招く。1720年から1848年まで所有者だったステッラ=カラッチョロ伯爵家はイタリアに住み、オーストリアの所領を訪れた者は一人もいなかった。数キロ南の集落は20世紀までアム・トライトルと呼ばれ、その後城の名を取った。