Affligem Abbey, ベルギーのアフリゲムにあるベネディクト会修道院
アフリゲム修道院はフラームス=ブラバント州アフリゲムにあるベネディクト会修道院である。長いファサードは、矩形の窓が並ぶ煉瓦の翼、円窓と柱に囲まれた赤い両開き扉をもつ石造の中央部、白い桟の大きなアーチ窓をもつ低い石造の翼からなる。その上にはドーマー窓付きのスレート屋根と十字架を戴く小さな緑のキューポラがあり、手前には低い煉瓦塀と刈り込まれた生垣が続く。修道院建物は1770年以降、ローラン=ブノワ・デヴェズの設計で再建された。
1062年6月28日、6人の騎士がロレーヌ宮中伯ヘルマン2世の寄進地に隠修士の共同体を築いたのが始まりで、寄進は後見人であったケルン大司教アンノ2世を通じて行われた。1083年に聖ペトロに捧げる最初の教会が建ち、1085年にベネディクト会則を採用、1086年に修道院が正式に奉献された。1580年にはフランドル軍に焼かれ、1796年にはフランス占領下で解散した。1869/70年に修道士が戻り、1880年に新しい教会が建てられた。
修道院の名は、1062年に暴力的な生活を捨ててここに隠修士の共同体を築いた6人の騎士に由来する。1146年にはクレルヴォーのベルナルドゥスが訪れ、修道院年代記によれば聖母像に「アヴェ・マリア」と挨拶すると、像が振り向いて「サルヴェ・ベルナルデ」と答えたという。彼が残した杖と聖杯はデンデルモンデで保管されている。
修道院はアフリゲム自治体のヘケルヘムにあり、ブリュッセルの北西約19kmに位置する。1770年にロラン=ブノワ・ドゥヴェズの設計で建てられた修道院建物は二つの中庭を囲み、教会の西ファサードが長い左右対称の構成の中心となっている。三角形のペディメントを持つ二つの張り出し部分に注目したい。
イングランド王ヘンリー1世の妃アデリザは1151年、時計仕掛けのそばの修道院教会に埋葬され、1139年に没した父ルーヴェン公ゴドフロワ1世もここに眠る。ブラバント伯は1085/1086年に修道院の保護者となっていた。