Pautaliya, キュステンディル(ブルガリア)にある古代都市と遺跡。
パウタリアは古代ローマ都市で、2世紀の城壁は細長い多角形で29.3ヘクタールを囲んでいた。街路はブルガリアの他のローマ都市より広く、直交格子に沿っていた。4世紀後半にはヒサルラカの丘に2.1ヘクタールの第二の要塞が築かれた。発掘により7つの教会が見つかっており、その中には40平方メートルを超える床モザイクを持つ5~6世紀の建物もある。
パウタリアは熱泉のそばにあったデンテレタイ人のトラキア人集落から発展した。106年にトラヤヌス帝が都市権を与え、ウルピアの名を加えた。アントニヌス・ピウスからカラカラまで独自の硬貨を鋳造し、アウレリアヌス帝の時代にはセルディカ、ナイッススに次ぐダキア・メディテラネア第三の都市であった。記録上の最後の言及は553年である。
この集落は礼拝と治療の場として機能し、周辺地域から聖なる泉に癒しを求めて人々が集まりました。ここでの宗教的慣行は、地元の人々の伝統とローマの新来者の伝統を融合させたものでした。
遺跡は地上で見学でき、進行中の発掘調査で見つかった遺物はキュステンディル郷土史博物館に保存されています。そこでは硬貨、彫刻、日用品を見ることができます。
この遺跡には高度な浴場システムがあり、地下の暖房用チャンネルを使って天然の泉から水を温め、医療目的に使用していました。この工学技術は、ここでの日常生活において温熱療法が中心的な役割を果たしていたことを示しています。