French Church, スイス・ベルン旧市街にある教会堂
フランス教会はツォイクハウス通りにある旧ドミニコ会修道院教会で、13世紀最後の20年間に建てられました。身廊と聖歌隊席は1310年頃の当初の木造小屋組みで覆われています。身廊と聖歌隊席を隔てる凱旋門には、1450年頃に描かれ、1991年の修復で再発見された最後の審判の大きなフレスコ画があります。
この教会は、1269年からベルンに定住していたドミニコ会によって13世紀最後の20年間に建てられ、当初はペトロとパウロに捧げられ「説教者教会」と呼ばれていました。1528年の宗教改革後、1534年には内陣が穀物倉庫に改造されました。1623年からフランス語の礼拝が行われ、1685年のナントの勅令撤回後はユグノーの亡命者の拠点となり、現在の名称の由来となりました。
1623年以降、礼拝はフランス語で行われ、1685年のナントの勅令撤回後はユグノー難民の受け入れ先となった。現在の名称は、今もこの建物を使うフランス語圏の改革派教会に由来する。ベルンの合唱団がしばしば大曲を演奏し、1991年建造のゴル社製オルガンでは定期的にコンサートが開かれる。
教会はベルン旧市街のツォイクハウス通り8番地、プレディガー通りの角にある。身廊と聖歌隊席は現在二つの別々の部屋で、それぞれに扉のある横通路でつながっている。1991年に本来の高さに戻された聖歌隊席は礼拝堂として使われる。1991年製のゴル社のオルガンでは定期的にコンサートが開かれる。
身廊と聖歌隊席を隔てるアーチ上の「最後の審判」のフレスコ画は1450年頃に描かれ、長く隠れていたが1991年の修復で再発見された。教会には1991年製のゴル社のオルガンもあり、4段の手鍵盤に66のストップを持ち、1828年にフランツ・ヨーゼフ・レミギウス・ボサルトが作った歴史的なケースに収められている。