Yinan tombs, 中国山東省臨沂市にある墓地遺跡
沂南漢墓(北寨墓群)は、山東省沂南県城の北西約3キロの北寨村にある後漢後期(168〜189年)の二基の墓である。M1号墓には夫婦が葬られ、妻が左の格上の棺室に置かれ、M2号墓はその子孫のものとみられる。いずれも石室墓で、持ち送り式の「ランタン」天井を持ち、戦闘・行列・楽舞などを描く42点の画像石がある。
墓は後漢後期の168~189年に造られた。M1号墓には夫婦が埋葬され、左に妻、右に夫が位置し、規模から妻の身分が夫より高く、皇室と関わりがあった可能性がある。墓主は後漢の大司馬・伏湛とする説が最も広く支持されるが確定していない。両墓とも盗掘され、M1は三国時代、M2は宋の徽宗期とされ、M2では宋銭と盗掘者が残した釉薬付き油灯が出土した。
M1号墓には夫婦が埋葬され、妻が左、夫が右に位置する。妻の墓室が広いことは生前の地位が夫より高かったことを示し、後漢皇室との関連を指摘する研究者もいる。埋葬者は後漢の大司馬・伏湛とする説が広く認められている。M2号墓はM1号墓の夫婦の子孫の墓と考えられている。
墓は山東省臨沂市沂南県の県城から北西約3キロの北寨村にあり、敷地内には沂南漢墓博物館(北寨漢墓博物館とも呼ばれる)が建てられています。1号墓は三国時代にはすでに盗掘され、墓門や棺も失われました。2号墓は北宋の徽宗の時代に盗まれましたが、それでも80点余りの器物が出土しています。
1号墓は三国時代にはすでに盗掘され、墓門や棺が持ち去られたとみられる。2号墓は宋の徽宗の時代に盗まれた可能性が高く、その頃の銭貨と盗掘者が残した宋代の釉薬油灯が内部から見つかった。それでも2号墓からは80点余りの器物が出土している。