Karow church, ドイツ、パンコウにある中世の教会
ドルフキルヒェ・カロウは、ベルリン・カロウ地区のアルト=カロウ通りにある後期ロマネスク様式の野石造り教会です。身廊、奥まった内陣、後陣からなる三部分の平面を持ち、丁寧に加工した野石で築かれています。身廊の壁には高いアーチ窓が三つ並び、屋根は赤い瓦で覆われています。西正面の脇には時計と尖塔を備えた四角い塔が立ち、短い渡り廊下で身廊とつながっています。
1240年から1260年頃、丁寧に加工された野石による三部分構成の後陣付き教会として建てられ、カロウの教会はベルリン側バルニムで最古の村の教会です。1429年に穹窿化と彩色が施され、1622年と1792–1795年に修復され、1830年には平らな筒天井となりました。フリードリヒ・アウグスト・シュテューラーが1845–1847年に黄色レンガの塔を増築し、短い接続部で身廊と結ばれています。
教会の東側にある教会墓地は教会と同じ時期に設けられ、野石の壁に囲まれたまま現在も埋葬地として使われている。シュトラーセ72の向かい側にはカーロウ第3墓地がある。後期中世の聖具室のオーク材の扉には深い斧の跡が残り、三十年戦争中にスウェーデン傭兵が教会に押し入った際のものと説明されている。
教会はAlt-KarowとStraße 72の角にあり、東側の教会墓地は野石の壁で囲まれ、Friedhof Karow IIIはStraße 72の向かい側にある。塔は西壁に直接接しておらず、短い中間棟で身廊とつながっている。北側中央の窓の下に、塞がれた北門の跡が見える。
後期中世の聖具室のオーク材の扉には、三十年戦争中にスウェーデン傭兵が教会に押し入った際のものとされる深い斧の跡が残っています。三個の鋳鋼の鐘は、1917年に元の鐘が徴発された後、1925年5月24日に奉献されました。