Dorfkirche Mellenthin, ドイツ、メクレンブルク=フォアポンメルン州メレンティンにあるゴシック様式の教会
メレンティンの村の教会は、赤みを帯びた石の壁で囲まれた三角形の敷地に建つ。方形の内陣は野石積みで、東側の妻壁には二段の盲アーチ、歯飾り、階段状の菱形の装飾がある。身廊は磚積みで半円アーチの窓を持ち、西塔にはうねる屋根と八角形の尖塔が載る。南の入口には、かつて聖水盤として使われた石臼が組み込まれている。
聖歌隊席は13世紀末頃、身廊は14世紀初頭にウーゼドムのパウルス教会の分教会として建てられ、15世紀に西塔が加わりました。1755年、塔は八角形の頂部を持つ曲線的な屋根を備えました。ポンメルンの宗教改革の際、フォン・ノイエンキルヒェン家が教区の土地を取得し、以後メレンティンはモルゲニッツの牧師が管轄しています。
聖歌隊席の天井画は1420〜1430年頃に描かれ、旧約・新約の場面と聖エラスムスの殉教を表す。1930年代に発見され、シュトラールズントの聖マリア教会の工房に帰属するとされる。宗教改革期にフォン・ノイエンキルヒェン家が教区の土地を奪って以来、この教会はモルゲニッツの牧師が兼務している。
教会はドルフ通りが分かれる三角形の敷地にあり、赤みを帯びた石の壁で囲まれ、前に木の門、ファサードの前に高い針葉樹が立つ。通りは南北から歴史的な集落中心部へ通じ、北東へ分かれてメレンティンの水城へ向かうため、村から徒歩で教会に着く。建物は教区のボランティアが管理している。
身廊の南壁には、メレンティンの水城を建てたリュディガー・フォン・ノイエンキルヒェン(1594年没)と妻イルザベ・フォン・アイクシュテットを描いた墓板が掛かる。やや年代の下る夫妻の連合紋章も教会内に埋め込まれている。ポンメルンの宗教改革の際、ノイエンキルヒェン家は教区の土地を取得して教区は廃止され、以後メレンティンはモルゲニッツの牧師が担当している。