Gohliser Schlösschen, ドイツ、ゴーリスの城
ゴーリス城は、ライプツィヒ近郊のゴーリスにあるロココ様式の城で、左右対称のオランジェリーの翼部が本館の両側に付属しています。ファサードと内部の部屋は、内外を特徴づける精巧なロココ建築のディテールを示しています。
ライプツィヒの参事会員で市の建築家でもあったヨハン・カスパール・リヒターが、妻クリスティアーナ・レギーナ所有の二つの農場を合わせた土地に1755/56年に夏の宮殿を建てさせた。設計はヨハン・クリストフ・クネッフェルの影響を受けたフリードリヒ・ゼルテンドルフに帰される。戦時の高額な負担金で内装が遅れ、1770年のリヒター死去後、歴史学教授で未亡人の後夫ヨハン・ゴットロープ・ベーメが完成させ、アダム・フリードリヒ・エーザーが祝宴の間を描いた。
かつての名称トゥルムグート(塔の館)は、中央部の上にそびえる36メートルの塔状構造に由来する。フェストザールではコンサートや演劇が催され、アダム・フリードリヒ・エーザーが描いた天井画は「プシュケーの道」を表す。上階のエーザーザールは民事婚や自由婚に、庭園から入れる石の間は葬儀に使われる。
敷地は中庭側のメンケ通りと庭園側のポエテンヴェークの間に広がり、ライプツィヒ=ゴーリス地区で中心部から約2キロ、ローゼンタール公園から200メートルです。斜面のため庭園側が低く、石の間(シュタインザール)には庭園から入ります。ガイドツアーが行われ、かつてボウリング場とビリヤード室だった東側の付属棟は現在カフェです。
オーザーホールの天井画はアダム・フリードリヒ・オーザーによる「プシュケーの人生行路」で、扉の脇には同じ画家の夕景の幻想風景画が二点掛かる。彩色は2011年から2013年にかけて修復された。庭には同じくオーザー作のザクセン王フリードリヒ・アウグスト1世像があり、1937年までケーニヒスプラッツ(現ヴィルヘルム・ロイシュナー広場)に置かれていた。