Fort Patience, ガーナ中央州アパムにある植民地時代の砦。
フォート・ペイシェンスはアパムのすぐ南の切り立った半島に建つ。1697年に2階建ての小さな石造交易館として着工され、1701年から1721年にかけてオランダ人によって北西と南東に半稜堡が増築された。本館の南には2つの大きな業務用中庭があり、厨房と、歓迎や協議に使われたオレンジ・ホールが置かれていた。
オランダは1697年、イギリスと結んだ隣国に脅かされていたアクロン王の要請で、アパムに石造の交易館を建てた。西インド会社は最小の費用という条件でのみ承諾し、アクロン側が繰り返し拡張を求めたため建設は5年かかり、これが砦の名の由来となった。1704年には大砲8門が備えられ、1721年ごろには二つの半稜堡を備えた要塞として完成した。1782年にトマス・シャーリー大佐が占領し、3年後にオランダが奪還、1868年の黄金海岸の要塞交換でイギリス領となった。
砦の名は、地元の首長との争いで遅れた1697年から1702年までの5年間の建設を物語る。防御されていないサービスヤードには厨房と、オランダ人役人とアフリカ人指導者が交渉した歓迎やパラバー用の「オレンジ・ホール」があった。現在、砦はゲストハウスとして使われている。
フォート・ペイシェンスはアパムのすぐ南の岩がちな半島にあり、北に港、他の三方にギニア湾を望みます。現在は敷地内でゲストハウスが営まれており、建物への立ち入りはそのスタッフの対応次第です。訪れる前にアパムで最新の見学条件を確認してください。
この砦にはかつて郵便局と治安維持センターが置かれており、単なる交易拠点以上のものであったことがうかがえます。これらの機能は、ヨーロッパの勢力が商業以外にも海岸での活動を広範囲に管理していたことを示しています。