Castle of Koroni, ギリシャのコロニにある中世の要塞
コロニ城は現在の町の東、アクリタス岬の、古代アシネのアクロポリスがあった場所に建つ。城壁はほぼ三角形の輪郭をなし、四角い塔と火薬庫が並ぶ。ビザンツ時代の要塞は最高地点にあり、現在は女子修道院が建つ。ヴェネツィア人は東側に大きな囲いと海に面する二重の半円形稜堡を加えた。
城はビザンツ時代、古代アシネの跡地に築かれた。ヴェネツィアは1206年にコロニを占領し、その支配は1209年と1265年に皇帝ミカエル8世パレオロゴスによって確認された。彼らは東側に大きな囲郭、堅固な城壁、海側に二重の半円形稜堡を加えた。1500年にオスマン軍が城を奪い、1685年にモロジーニが奪回、1828年にはメゾン将軍率いるフランス遠征軍が解放した。
コロニの名は城壁の基礎を掘る際に見つかった銅貨(クルニ)に由来するとも、最初の入植者ボイオティアのコロネイア出身エピミリデスが故郷の名を付けたともいわれます。城内の西端には20世紀初頭に創設されたティミオス・プロドロモス修道院があり、アギオス・ハラランボス聖堂は1689年に聖ロクスに捧げるカトリック教会として建てられ、後にオスマン時代のモスクとなりました。
訪問者は、さまざまなエリアへ通じるいくつかの門から要塞に入ることができます。敷地内には複数のセクションがあるため、まず全体のレイアウトを把握するとよいでしょう。
城の名は、城壁の基礎を掘る際に見つかった銅貨(クルニ)に由来するという説がある。別の伝承では、最初の居住者エピミリデスがボイオティアのコロネイア出身で、故郷の名をこの地に付けたという。正門の上にはギリシャ独立戦争まで残った聖マルコの獅子の浮き彫りがあった。