Château des Allymes, フランス、アンベリュー=アン=ビュジェにある中世の城
シャトー・デ・ザリームは、円錐屋根を頂く高い円筒形の主塔と、正面の壁から突き出た円錐屋根の円塔を備えた石造の要塞です。四角い塔と低い胸壁を伴う長い長方形の壁が左に伸びています。四角形の囲い地は四つのカーテンウォールに囲まれ、入口はバービカンで守られています。
ヴィエノワのドーファン、ジャン2世は、サヴォワ側のリュイサンドル要塞に対抗するため、1312年から1318年にかけて石造の城を築かせました。これは1305年の土と木の砦に代わるものでした。工匠はペロネとギエメ・ド・イエールの兄弟です。1335年のシャパレイヤン条約でサヴォワ伯に譲渡され、1354年にはアメデーオ6世がニコ・フランソワに封じました。1557年に一部が取り壊され、1565年頃にルネサンス様式の住居を伴って再建されました。
城の名はレ・ザリーム集落に由来し、現在は企画展と常設展が開かれている。常設展では、アリーム領主でサヴォイア公国のアンリ4世駐在大使だったルネ・ド・リュサンジュの生涯と著作をたどる。彼は1601年のリヨン条約を交渉し、その後フランス王に忠誠を誓った。
城は一年中見学でき、モン・リュイザンドル山の下、標高650メートルの山腹に建つ。アクセスはアンベリュー=アン=ビュジェの町から東北東へ約5キロのブレイ=ド=ヴァン集落を経由する。集落からは徒歩で登るため、歩行時間を見込んでおきたい。
サヴォイア公国のアンリ4世駐在大使ルネ・ド・リュサンジュは1601年のリヨン条約を交渉したが、後にカルロ・エマヌエーレ1世の不興を買い、フランス領となったこの城に逃れた。そこでアンリ4世に忠誠を誓った。城内の常設展示は彼の生涯と著作をたどる。