Church Saint-Paul-Saint-Louis of Paris, マレ地区にあるカトリック教会、パリ4区、パリ、フランス
サン=ポール=サン=ルイ教会はマレ地区にあるカトリック教会で、古典様式で建てられ、この地区のスカイラインを特徴づける55メートルのドームが特徴です。内部は、壁に沿って小さな礼拝堂が並ぶラテン十字の平面を持つ単一の広い身廊です。
イエズス会は1627年から1641年にかけて、ルイ13世の財政援助を受けて修道院付き教会としてこの聖堂を建てた。1627年に礎石が置かれ、1641年5月9日にリシュリュー枢機卿が最初のミサを執り行った。当初の名はサン=ルイ=デ=ジェズイット。1762年に追放されたイエズス会は聖堂を失い、革命期に閉鎖された後、1802年のコンコルダートによりカトリック礼拝に戻され、サン=ポール=サン=ルイの二重名を得た。
サン・ポール=サン・ルイという二重の名は、取り壊されたサン・ポール教会の教区が旧イエズス会礼拝堂に移り、サン・ルイにサン・ポールを加えるよう求めた1803年にさかのぼります。守護聖人も隠者パウロからタルソスのパウロに変わりました。身廊右側の柱には、1871年のパリ・コミューンに由来するとみられる「République française ou la mort」というほぼ消えた碑文があります。
教会はリュ・サントノワール沿い、リセ・シャルルマーニュの隣にあり、サン=ポール駅から徒歩すぐです。通りから中央の赤い扉をくぐると、側面に礼拝堂が並ぶ身廊が広がります。ファサードは2011年から2012年にかけて修復され、ステンドグラスは2017年以降修復が続けられています。
身廊の右側の柱には、「République française ou la mort(フランス共和国か死か)」というほとんど消えた銘文が残り、1871年のパリ・コミューンに由来するとみられます。教会はまたジェルマン・ピロン作『悲しみの聖母』(1586年)を所蔵し、ドラクロワの『オリーブ山のキリスト』は原本がニューヨークのメトロポリタン美術館に長期貸与中のため、現在は代わりの複製が掲げられています。