Cimetière des Carmes, フランス、クレルモン=フェランの墓地
カルム墓地はクレルモン=フェランにある墓地で、面積は11ヘクタール、6千の墓所と108本の小道があります。ティルテーヌ川によって二つに分かれ、1940年代半ば以前に造られた墓や礼拝堂のほとんどは暗灰色のヴォルヴィック石(安山岩)製で、敷地に均一な外観を与えています。軍人区画と三つの戦没者記念碑もあります。
この墓地は1816年に、かつてのカルメル修道院の敷地に設立され、1846年と1908年に市の成長に合わせて拡張されました。これらの拡張は、埋葬の慣習と空間が増加する人口に適応するためにどう変わったかを示しています。
墓地の名は、1637年にジョアシャン・デスタン司教の働きかけでシャントワン修道院を譲り受けた裸足カルメル会に由来します。1752年から四つ葉形の平面で建てられ、19世紀にドームが再建された旧修道院教会は正面入口の左にあり、20世紀初頭に宗教的役割を失って倉庫となっています。アントワーヌ・ブラタンから新聞ラ・モンターニュ創刊者のアレクサンドル・ヴァレンヌまで、クレルモンの市長の墓も数多く残ります。
墓地はティルテーヌ川に二分された11ヘクタールの敷地で、最も古い墓は川の南側、1908年に開かれたプレ・ベルトラン区画は北側にある。格子で仕切られた小さなユダヤ教区画はコンシストワールが管理する。正面入口は門の左、現在は倉庫となっている旧カルメル会修道院教会の隣にある。
ティルテーヌ川は墓地を新旧二つの半分に分けているのではない。1908年の拡張まで敷地は片岸だけにあり、その年に川の北側へプレ・ベルトラン地区が開かれた。川は1908年以前の墓地の境界を示している。