Ouvrage Otterbiel, フランス、ビッチュの軍事要塞
ウーヴラージュ・オッタービールは、ビッチュ近郊にあるマジノ線の要塞で、4つの戦闘ブロックと1つの入口ブロックで構成され、地下ギャラリーで結ばれています。施設には、地下ネットワーク内に弾薬庫、指揮所、観測所があります。
1931年8月に承認されたオッテルビエルは、81mm迫撃砲塔、75mm砲カズマット2基、専用人員入口を備えるグロ・オヴラージュとして計画されたが、予算削減によりプティ・オヴラージュとなった。1940年6月30日にビッチュ要塞群とともに降伏し、1945年3月には米第100歩兵師団にわずかな抵抗の末に占領され、1953年までにモール・ド・ビッチュの一部として改修された。
この要塞は、建設地である標高367メートルのグラン・オッテルビュールの丘にちなんで名付けられた。5つのブロックには番号が付けられ、施設全体はO 400の識別符号を持つ。ブロック4の観測用クローシュにはO 15の符号がある。1939年の守備隊は、ル・ガネック大尉指揮下の第37要塞歩兵連隊の兵98名と将校7名であった。
ウーヴラージュ・ド・ロテルビエルはビッチュ軍営地の西端、グラン・オッテルビュールと呼ばれる標高367メートルの地点にある軍用地内にあり、一般の立ち入りは禁止されています。ガイドツアーも見学時間もなく、フランス軍が弾薬庫として使用していると伝えられています。外観は軍営地の境界の外からのみ見ることができます。
この要塞には、それぞれエンジンとオルタネーターを組み合わせた3台の独立したディーゼル発電機ユニットが装備されていました。この予備システムにより、1台の発電機が故障しても施設の運転を継続できました。