Église Notre-Dame-des-Pauvres d'Issy-les-Moulineaux, フランス、イシー=レ=ムリノーにある教会
ノートルダム・デ・ポーヴル教会はイシー=レ=ムリノーのガリエニ大通りに建ち、1955年にジャン=ブレーズ・ロンバールとアンリ・デュヴェルディエの設計で建てられた。敷地の形に合わせた台形の平面を持ち、コンクリートのヴェールが聖歌隊席へ向かってせり上がる。壁は青い筋の入った黄土色のヴァルルイユ石で、正面には黒い金属文字で「NOTRE DAME」と「DES PAUVRES」が、黒い蝶番金具の付いた木扉の上に掲げられている。
1921年にカミーユ・デムーラン通りに建てられたノートルダム・ド・ラ・プレーヌ礼拝堂は、1942年9月の爆撃で破壊された。新しい教会の礎石は1954年11月25日に置かれ、1955年に建築家ジャン=ブレーズ・ロンバール(26歳のスカウト指導者)とアンリ・デュヴェルディエの設計で建設された。2007年12月13日に歴史的記念物に登録された。
名称は「貧しき人々の聖母」を意味し、貧しい人々の守護者としてのマリアへの献名である。教区は1942年9月の爆撃で失われたノートルダム・ド・ラ・プレーヌ礼拝堂を受け継ぎ、新しい教会も聖母への献名を保った。十字架の道行きはレオン・ザックと娘イレーヌが壁面に直接刻んだものである。
教会はプラーヌ地区のガリエニ大通り沿いにあり、イシー=レ=ムリノー中心部から徒歩数分です。入口は短い階段を上った先にあり、木製の両開き扉の両脇には教区のお知らせを掲げる掲示板が二つあります。ミサは日曜日の10時30分に行われ、希望すればガイド付き見学も手配できます。
この教会の建設は地元のスカウト隊に由来する。26歳の隊長ジャン=ブレーズ・ロンバールが、イシー=レ=ムリノーの従軍司祭パイヨンシー神父に建築家として選ばれ、彼の父はヴァンヴにアトリエを持つ画家レオン・ザックの友人だった。ザックはガラス職人アンリ・デシャネと共にステンドグラスを制作し、娘イレーヌと共に十字架の道行きを壁に直接刻んだ。