Église Saint-Martin de Laon, フランス、ラオンのゴシック教会
サン・マルタン・ド・ラオンはラテン十字平面のゴシック様式の教会で、三身廊の身廊は九つの区画からなります。1270年頃に建てられた西正面には三つの緩やかに後退したポータルがあり、側面のルネットには聖ラウレンティウスと洗礼者聖ヨハネの殉教が表されています。内部では、1754年にジャン・ジョゼフ・ベルトレミーとシモン・プファフィンガーが制作した68脚のバロック様式の木製聖歌隊席が最後の二区画に並びます。
ノルベルト・フォン・クサンテンが創設したプレモントレ会は1124年にラオンに共同体を置き、教会は12世紀後半から建てられ、1160年頃に内陣が完成した。1190年頃には元の木造屋根が控え壁で支えられたヴォールトに替えられ、13世紀末までに双子の塔が建てられ、その尖塔は1605年に取り除かれた。修道院は1736年から1788年にかけて再建され、革命後は教会が教区教会となり、修道院は病院として使われた。
この教会は、奉献先であるトゥールの聖マルティヌスの名を冠しています。南側廊の礼拝堂には1540年のルネサンス様式の大理石の仕切りがあり、祝福するキリストの胸像と、まぐさ石に沿って使徒たちの胸像が並びます。68脚の聖歌隊席は1754年にジャン・ジョゼフ・ベルトレミーとシモン・プファフィンガーによってバロック様式で彫刻されました。
西正面の三つのポータルから身廊に入る。1754年の聖歌隊席と木の羽目板が最後の二つのベイを塞いでいるため、軸線は入口からたどるのがよい。南側の聖エリギウス礼拝堂へは1540年の大理石の仕切りを通って入る。西扉口上のオルガン奏楽台のオルガンは使用されていない。
第二次世界大戦の爆撃により周辺の建物が破壊され、当初の教会複合体に接続されていた隠された中世の構造物が予期せず明らかになりました。この偶然の発見により、歴史家はこの場所が当初どのように配置され、使用されていたかについて重要な手がかりを得ました。