Logis de La Vérie, フランス、シャランにある領主の邸宅
ラ・ヴェリー邸はヴァンデ県シャランにある2階建ての石造邸宅で、急勾配のスレート屋根、高いレンガ造の煙突5本、白い枠のドーマー窓5つを備える。左側には寄棟屋根の張り出した翼部、右側のやや後退した部分には半円アーチの扉口がある。16世紀末にアンドレ・ブイエがブレティニョルのボーマルシェ城を模して再建した。
起源は9世紀にさかのぼり、ノルマン人やスカンディナヴィア人の侵入に備えて要塞化された。1130年にはクードリーのテンプル騎士団の管理下に入る。アンリ4世の財務官アンドレ・ブイエが16世紀末に購入し、ブレティニョルのボーマルシェ城を参考に再建した。1791年に共和国への陰謀を疑われたレザルディエール男爵の城は焼かれ、南西の塔が失われ、2つ目の塔も1848年に取り壊された。1805年にブ・ド・カッソン家が取得した。
ヴェリーの名は、1400年にアニェス・ド・フロンドブフが騎士ギヨーム・デュ・プランティスとの結婚に持参した領主領に由来する。城のそばには、革命期に殉教し1926年にピウス11世により列福された助祭ジャック=オーギュスタン・ロベール・ド・レザルディエールの記念碑が立つ。ここで生まれたリュドヴィックとオリヴィエ・ブー・ド・カッソンの兄弟は、後にシャランの市長となった。
この邸宅はヴァンデ県のシャランからスーランへ向かう道路沿いにある。ファサードと屋根は1964年から歴史的記念物に登録されている。建物は私有で、公道から見学する。城の近くにはジャック=オーギュスタン・ロベール・ド・レザルディエールを記念する石碑が立つ。
1973年2月19日、イール島の墓地から夜明け前に奪われたフィリップ・ペタン元帥の棺をヴェルダンへ運ぶ一行が、この館を中継地点とした。棺は島から運び出され、その道中でここに立ち寄った。