King John's Castle, アイルランド、カーリングフォードの城
キング・ジョン城は、カーリングフォード湾南岸の中ほど、カーリングフォード港に位置するD字型の囲郭式城塞です。城壁の厚さは3.4メートルで、西翼には門楼と方形の側面塔があり、壁には狭い矢狭間を備えた深い射眼が設けられています。1261年頃に増築された東翼には、地下室の上に二層の主階を持つ大きな長方形のホールがあります。
ミース領主ヒュー・ド・ラシーがノルマン人のアイルランド侵攻直後の12世紀後半に西翼を築いたとされ、1204年にラルフ・ペッパーが建てたとする説もある。1210年、ジョン王はアルスター伯ヒュー・ド・ラシー追討の遠征中に3日間滞在したと伝わる。東翼は1261年頃に増築された。アイルランド・カトリック連合が保持した後、1642年にヘンリー・ティッチボーン、1649年にマロウ・オブライエン、1650年にチャールズ・クートが相次いで占領。1689年にはジャコバイトに砲撃され、ボイン川の戦い前にウィリアマイトの病院として使われた。
名称はアイルランド領主だったイングランド王ジョンに由来し、1210年にヒュー・ド・ラシー討伐の途上で3日間滞在したとされ、地元の伝承ではここでマグナ・カルタの起草を始めたとも言われます。アイルランド語名はCaisleán Rí Eoin。国定記念物に指定され、現在は非公開です。
城内は見学できず、閉鎖されている。1950年代には保存作業が行われた。キャッスルはカ―リングフォード港、カ―リングフォード・ラフ南岸の中ほどに位置し、外から眺めることはできる。天候や履物よりも、閉鎖されていることを前提に計画するとよい。
地元の伝承では、1210年に3日間滞在した際、ジョン王がキャーリングフォードでマグナ・カルタの起草を始めたとされるが、実際に調印されたのは1215年である。城の建設を1204年のラルフ・ペッパーに帰する説もある。1950年代の保存修復作業以降、城は見学者に閉鎖されている。