Tel Yokneam, イスラエル・メギド地域評議会の考古遺跡
テル・ヨクネアムは、ヨクネアム・イリット北部、イズレエル渓谷西部にある、面積約40ドゥナム、高さ60メートルの急斜面のテルである。北の下段テラス、中央の上段テラス、南西端のアクロポリスの三部分に分かれる。1977年から1988年にアムノン・ベン=トルが行った発掘では、中青銅器時代の岩窟墓、塔を伴う厚さ3メートルの城壁、鉄器時代のオリーブ油搾り場「油の家」が見つかった。
テル・ヨクネアムは中期青銅器時代からオスマン時代まで、短い中断を挟みつつ約4000年間占拠され続けた。エジプトの史料にはファラオ・トトメス3世が征服した都市として現れ、ヘブライ語聖書ではヨシュアの征服地およびレビ人の町として挙げられている。十字軍はカイモンと呼んでエルサレム王国最小の領主領の中心とし、マムルーク朝は14世紀に再建、18世紀の要塞は後に放棄された。
19世紀にも使われたアラビア語名テル・カムンは、ヘブライ語ヨクネアムの訛りである。十字軍はこの地をカイン・モンス(「カインの山」)と呼び、カインが子孫レメクに殺されたという伝説に結びつけた。この名がカイモンとなり、エルサレム王国で最小の領主領の中心となった。
遺跡へは標識のある遊歩道を通って行けます。丘の上からは眼下にメギド渓谷を見渡せます。日陰が少なく露出しているため、歩きやすい靴と日よけ対策が必要です。
アラビア語名テル・カムンはヘブライ語のヨクネアムに由来するとみられる。十字軍はこれをカイモン、すなわち「カインの山」と呼び、カインが子孫レメクに殺されたという伝説に結びつけた。カイモンは一時、エルサレム王国で最小の領主領であった。