San Martino, イタリアのピアッツァ・ブレンバーナにある教会
サン・マルティーノは、セリッツォ石のブロックによる4段の階段の頂に建つネオゴシック様式の教会で、西ファサードの前には3つの尖頭アーチを持つポルティコがあり、中央のアーチが最も大きい。内部は縦長の三身廊・五間構成で、片側4本のポリスタイル柱で区切られる。16枚のランセット窓は彩色され、ファサードの最大のものは高さ5.88メートル、幅2.33メートルある。
教会は1260年に21ソルディの税を記した羊皮紙で初めて記録され、1288年12月20日にはすでに小教区でした。1360年にはベルナボ・ヴィスコンティのnota ecclesiarumに3人の聖職者と主任司祭を伴って登場します。15世紀の工事は1480年の鐘楼のフレスコ画で終わりました。1868年6月29日の落雷後、1869年に新築が始まりましたが1870年に崩壊し、1873年に完成、1883年11月20日に奉献されました。
「サン・マルティーノ・オルトレ・ラ・ゴッジャ」という名は、1596年にジョヴァンニ・ダ・レッツェが記したヴァル・ブレンバーナの「オルトレ・ラ・ゴッジャ」地区に由来し、当時この教会は上流集落の代理区の所在地だった。1620年、ヴェントゥーラ・ファンツァーゴとの最初の二つの鐘の鋳造契約は、公証人ファンティーノ・ドナーティと六人の証人の前で結ばれた。
教会はセリッツォ石のブロックで造られた4連の階段の頂上にあり、ファサードは西を向いています。1948年の入口ポーチと階段は技師ダンテ・フォルノーニの設計です。建物はピアッツァ・ブレンバーナにあり、町とレンナの両方に奉仕しています。
鐘楼はマウロ・コドゥッシの設計で建てられ、そのフレスコ装飾は1480年に完成した。教会はまた、植物や花の文様を彫った18世紀の木製説教壇を所蔵し、その壁龕には福音書記者の像が二体置かれている。もともとは四体あった。