Church of Saint Michael and Saint Fyodor, Martyrs of Chernigov, モスクワ、ザモスクヴォレーチェにある教会建物
聖ミハイルと聖フョードル教会は1675年に建てられた三部分からなる煉瓦造の教会で、低い玄関、高い身廊、低い祭室で構成される。五つの玉ねぎ型ドームが彫刻を施した鼓胴の上のココシニクの列に載り、身廊の角には対のピラスターがある。壁は白塗りで、ココシニクの切妻は緑の釉薬瓦で覆われている。
1625年に初めて記録された木造の教会が、16世紀にイヴァン4世の行列が聖ミハイルとフョードルの聖遺物を迎えた場所の近くに建っていた。1675年、商人の未亡人イウリアニア・マリューチナが石造への改築を資金援助し、修復中に見つかった17世紀の墓石は夫アンドレイ・フィリモノフのものとされる。教会は1924年に閉鎖され、1977年から1984年に修復され、1993年10月3日に再聖別された。
この教会は、1246年にバトゥ・ハンの命で殺されたチェルニゴフ公ミハイル・フセヴォロドヴィチとそのボヤール、フョードルにちなんで名づけられた。1572年にモスクワへ運ばれた両者の聖遺物はこの場所の近くで迎えられた。隣のチェルニゴフスキー小路は18世紀に教会の名をとった。2010年からは聖キリルとメトディオス名の教会付属大学院が建物を使用している。
教会はノヴォクズネツカヤ地下鉄駅の近くにあり、モスクワ・ガーデンリングに接続する通りを通ってアクセスできます。訪れる人は、ここが活動中の宗教施設であるため、礼拝中は一部のエリアへの立ち入りが制限されることがある点に注意してください。
基礎の修復中に17世紀の墓石が残る埋葬が発見され、考古学者はそれを布百人隊の商人アンドレイ・フィリモノフのものと特定した。当時、商人が教会内に葬られるのは異例で、彼が妻ユリアニア・マリューチナに石造教会への建て替え費用を遺したとみられている。