Bolshoy Gnezdnikovsky Lane 10, モスクワのトヴェルスコイ地区にある建物
ニルンゼー邸はボリショイ・グネズドニコフスキー通り10番にあり、1913年に完成した9階建ての集合住宅です。P字型の平面に廊下方式と4基のエレベーターシャフトを備えます。ファサードはアール・ヌーヴォー、構成主義、新古典主義が混ざり、窓の列を赤い縦線が区切り、5つの張り出し窓があり、最上階は壺と花綱で飾られています。破風にはアレクサンドル・ゴローヴィン作の白鳥のモザイクパネルがあります。
エルンスト=リヒャルト・ニルンゼーは1912〜1913年、建築委員会が1階分の削減を求めたものの構造の安全性を証明したうえで、モスクワで最も高い集合住宅としてこの家を建てた。1915年には銀行家ドミトリー・ルビンシュテインに210万ルーブルで売却。1917年10月には白衛軍の拠点となり10月28日に占領され、1918年7月に国有化されて「モソヴェト第4号館」と呼ばれた。
この家はその高さから「雲を切り裂くもの」を意味するトゥチェレズと呼ばれ、頂部には画家アレクサンドル・ゴロヴィンの白鳥の陶板が飾られています。ほとんどの窓にはニルンゼー設計の金属製花箱が残り、暖かい季節に花々でファサードを彩る彼の意図がうかがえます。
建物は狭く曲がった路地に面するため、ニルンゼーは火災時に救助車両が通れるよう全階の階段幅を広げた。住戸は天井が高かったが台所はなく、各階の給仕が近隣の食堂やレストランに食事を注文した。ソ連時代に設けられた共用厨房は1980年代半ばまで住民に使われ、その後すべての住戸に小さな台所ができた。
「トゥチェレース」(雲を切り裂くもの)という愛称は、当時の最高記録の高さに由来します。1915年にはV・ガルディンとV・ヴェンゲーロフが設立した「キノチャイカ」が屋上に冬季撮影用の映画パビリオンを設けました。第二次世界大戦中は屋上の高射砲が空襲を防いでいました。