Shore Battery No. 30, セヴァストポリにある沿岸砲台の要塞(ロシア/ウクライナ)
第30号沿岸砲台は、セヴァストポリ港の北約5キロの狭い尾根にある沿岸砲兵要塞です。2基の装甲砲塔にはそれぞれ305mm砲2門が搭載され、厚さ203mmの天蓋、300mmの側壁、406mmの前面装甲板の上に載っていました。砲塔間のコンクリート製砲台ブロックは面積約5,000平方メートル、天井は厚さ4メートルです。
この砲台は1914年から1934年にかけて、セヴァストポリ港の北約5キロの細い尾根上に築かれ、要塞防衛網の一部をなした。1942年6月、弾薬が尽きた乗員は地下施設で戦い続けたが、6月26日にドイツ軍突撃部隊が砲台ブロックに突入し、約40名の生存者が捕虜となった。戦後、砲台は戦艦フルンゼから取り外した砲塔で復旧され、305mm砲6門を装備した。
「マクシム・ゴーリキーI」という名称はドイツ側の戦時呼称であり、ソ連が作家にちなんで命名したものではない。この砲台は黒海艦隊沿岸防衛第1独立砲兵大隊の「30番」という番号で呼ばれていた。現在は旧軍部隊の敷地に置かれた要塞建築軍事歴史博物館の博物館複合施設となっている。
この場所は水面を見下ろす高台にあり、徒歩で到達できます。アクセスは季節やメンテナンス活動によって異なる場合があるため、事前に状態を確認することをお勧めします。
戦後、この砲台はバルト海の戦艦フルンゼ(旧ポルタワ)から取り外した砲塔で復旧され、305mm砲は4門から6門に増強された。指揮所にはレーダーと熱探知器を備えた射撃管制システム「ベレグ」が設置された。仕様書によれば、10時間の化学攻撃、2000kg爆弾、あるいは空中核爆発にも耐えうるとされた。