Resurrection Cathedral, Starocherkasskaya, ロシア、スタロチェルカスカヤのウクライナ・バロック様式の大聖堂
復活大聖堂は、1706年から1719年にかけて無名の建築家がスタロチェルカスカヤに建てた、高さ49メートルの九つのドームを持つコサック・バロック様式の教会です。二層の回廊グリビシチェが三方を取り囲み、チェルカスクのコサック住居クレニを思わせます。内部には、モスクワのイコン画家エゴール・イワノフ・グレクが描いた18世紀半ばのイコン149点を収める、縦19メートル・横23メートルの五段の金張りイコノスタシスがあります。
1650年、アゾフ包囲中のコサックの誓願により木造大聖堂が建てられ、チェルカスクで二度焼失した。石造の聖堂は1706年から1719年にかけて、サンクトペテルブルク以外での石造建築を禁じたピョートル1世の勅令にもかかわらず建設された。皇帝は資金と聖具を贈り、モスクワの工匠が主要工事を担ったとされる。1805年までドン軍の主聖堂であった。
大聖堂の名はキリストの復活に由来し、1805年までドン・コサック軍の主要な聖所でした。内部では、19×23メートルの五段の金箔張りイコノスタシスに、18世紀半ばにモスクワのイコン画家エゴール・イワノフ・グレクが描いた149点のイコンが収められています。王門の前には550キログラム以上の銅製のシャンデリアが下がり、1643年にアタマンのイオシフ・ペトロフがアゾフの前駆者教会から運んだと伝えられています。
この大聖堂は現在も礼拝が行われている場所なので、訪れる際は控えめな服装を心がけ、礼拝中は敬意を払ってください。スタニツァのメイン広場の近くに位置し、徒歩で他の史跡とあわせて訪れるのに便利です。
入り口の近くに置かれた重い鉄の鎖は、17世紀に捕らえられてモスクワに連行されたコサックの反乱指導者ステンカ・ラージンのものだったと地元の伝承で言われています。これが確認されているかどうかにかかわらず、その鎖は何世代にもわたってこの場所の物語の一部となっています。