Mansion of Jaco, サンクトペテルブルクにあるネオクラシック様式の邸宅
ヤコの邸宅は1831年建造の新古典主義の集合住宅で、芸術広場5号とイタリア通りの角に位置します。平面はL字型で、通り側は3階、中庭側は4階建てで、かつては1階建ての使用人用棟がありました。建築家パーヴェル・ヤコが、カルル・ロッシが広場のために承認したファサードを用いて建てました。
広場とイタリア通りの角の敷地は、1822年に宝石商フランツとヨハン・セガンに与えられた後も長く更地のままだった。建築家パーヴェル・ジャコが後に購入し、1831年までにカール・ロッシが広場用に承認したファサードでこの家を建てた。ジャコは1836年に鉱山業者イワン・ヤコヴレフに売却し、1862年には外交官ヤコフ・ダシコフが購入して1862〜1863年にジェローム・コルシーニに改築させ、1863年には写真用パビリオンが加えられた。
この家の名は商人ではなく建築家パーヴェル・ジャコに由来する。19世紀末には愛書家パーヴェル・ダシコフの所有となり、その収集品と「ダシコフの朝食会」にはニコライ・ミハイロヴィチ大公や画家アレクサンドル・ベノワが集まった。1911年から1915年まで地下室にはキャバレー「野良犬」があり、ゴーリキー、アフマートワ、マヤコフスキー、エセーニンが訪れた。現在、地下室と1階はサービス業の店舗が入る。
建物は芸術広場5号とイタリア通り4号の角、ミハイロフスキー劇場やネフスキー大通りから歩いてすぐの場所にあります。現役の集合住宅で、地下と1階だけがサービス業の店舗になっており、住居部分は見学できません。広場と通りから外観を見る形になります。
1911年12月31日から1915年3月3日まで、第2中庭の地下室では、ダシコフのワイン貯蔵庫だった場所にキャバレー「野良犬」が営まれていた。画家たちは昼夜を問わず室内を描き、スデイキンは壁と天井を鳥、花、道化師で埋め尽くした。13人用の丸テーブルの上には、サプノフ作の木の輪に13本の蝋燭を付け、4本の鎖で吊るしたシャンデリアが下がっていた。