Old City Duma Building, Barnaul, ロシア、バルナウルのレーニナ通りにある地域文化遺産の記念碑。
バルナウルの旧市ドゥーマ庁舎は、1914〜1916年に建築家I・F・ノソヴィチの設計で建てられた2階建ての折衷様式の建物で、古い平屋の店舗と2階建てのドゥーマ庁舎を一つにまとめたものです。ファサードは階間の帯状装飾で分けられ、張り出したコーニスで頂部を飾ります。1階の窓は2階より大きく、南側(レフ・トルストイ通り)のファサードは丸窓のある三角破風で終わり、西側(レーニン大通り)の中央部は時計付きの小塔で頂かれています。赤レンガに白塗りを施した紅白の対比が見どころです。
建物は1914年から1916年にかけて、建築家I・F・ノソヴィチの設計により市の資金で建てられた。ノソヴィチは1階建ての店舗と2階建てのドゥーマ棟を、屋根に塔と時計を備えた折衷様式の一つの建物にまとめた。1917年の大火で大きく損傷し、1919年12月13日にはバルナウル革命委員会とパルチザン軍本部の会議が開かれ、大祖国戦争中は病院が置かれた。
建物の名は、1916年から2階に入った市会(ドゥーマ)と市参事会(ウプラヴァ)に由来し、1階はヤコヴレフとポリャコフの商館の百貨店だった。1919年12月13日にはバルナウル革命委員会とパルチザン軍参謀本部の代表による会議がここで開かれた。現在は市立博物館「ゴロド」が建物の一部に入っている。
建物はレーニナ通りとレフ・トルストイ通りの角にあり、南ファサードは脇道に、塔のある西ファサードは大通りに面しています。現在は複数の店舗や機関が入り、市立博物館「ゴロド」も置かれています。
この建物は、行政と商業のデザイン要素を融合させており、鉱業と交易の中心地としてのバルナウルの二重の役割を反映しています。この融合は、空間の構成方法と、外観が公式な権威と商業活動の両方を示す方法に現れています。