Akatovo, ロシア・モスクワ州アカトヴォの正教女子修道院
至聖三者とアレクサンドル・ネフスキーの修道院は、モスクワ州クリン地区のアカトヴォ村にある。城壁に囲まれた敷地には、1892年からアレクサンドル・カミンスキーの設計でネオロシア様式により建てられた石造のアレクサンドル・ネフスキー大聖堂と、イワン・マシコフが17世紀モスクワ建築に倣って設計した石造の聖ニコライ聖堂が立つ。塔を備えた門が外周壁に開く。
1889年、商人フョードル・ザハロフが農奴制廃止を記念して女子共同体として創設し、1890年に聖務会院の登録を受け、1898年に修道院となった。1927年に閉鎖され、建物は休養施設や倉庫、1948年からはピオネール・キャンプ「ファケル」に使われた。2000年に総主教座のメトヒオンが設けられ、2013年に共同体は再びスタウロペギア修道院となった。
修道院の名は至聖三者と、アレクサンドル2世の守護聖人アレクサンドル・ネフスキーを結び、商人フョードル・ザハロフがその追悼のために共同体を創設した。主な聖遺物は1891年にアトスの修道士アリストクリスがもたらした「速やかに聴き給う」の生神女イコンと聖パンテレイモン聖像であった。ここでは金刺繍と聖像画の工房が営まれ、聖ペトロと聖エウゲニアの木造聖堂には農民の子のための学校が付設されていた。
修道院はモスクワ州クリン地区のアカトヴォにあり、モスクワの北西約90キロ、クリンから道路で向かう。1990年代初頭にピオネールキャンプが閉鎖されて以降、長く放置され、2006年以降に塀、塔、食堂、学校の再建が続けられた。訪問時は控えめな服装で、礼拝の妨げにならないよう注意する。
ソビエト時代、修道院の墓地はサッカー場に変えられ、その後この地にはモスクワの機械製造工場「ソユーズ」のピオネールキャンプ「ファケル」が置かれた。その場所は航空機設計者のアレクサンドル・ミクーリンが選んだ。キャンプは1990年代初頭に閉鎖された。