崇福寺跡, 大津市にある寺院跡
崇福寺跡は三つの山の尾根にわたって広がり、基礎石や堂の基壇、塔の跡が点在しています。その配置から、この宗教施設が自然の地形に沿ってどのように造られたかがわかります。
天智天皇は、大津京が日本の首都であった時期に、その保護のために7世紀にこの寺院を建立しました。この複合施設は、国の歴史におけるこの短いながらも重要な時期に建てられました。
この名前は、当時の権力の中心を守る聖域としての寺院の本来の役割を反映しています。現在、訪れる人は、この場所が市街を眼下に見下ろす丘の中腹に戦略的に位置していたことを観察できます。
この場所は山道にあり、歩きやすい靴が必要です。丘の中腹の道は滑りやすくなることがあるので、乾いた天候のときに訪れるのがよいでしょう。
発掘調査により、儀式用の聖遺物容器に入った緑色のガラスの壺が発見され、現在は国宝に指定されています。この発見により、歴史的な首都・大津京が実際にどこにあったのかを研究者が特定する手がかりが得られました。