国産マッチ発祥の地, 東京都墨田区にある記念碑
国産マッチ発祥の地は、東京都墨田区江東橋にある記念碑で、1876年に日本初の国産マッチ工場が操業した場所を示しています。黒い四角い石に名前が刻まれており、錦糸町駅近くの高校の敷地内に立っています。
フランスで学んだ清水誠は、1876年に現在の墨田区本所柳原町に日本初のマッチ会社「新燧社」を設立しました。その2年後には日本からマッチの輸出が始まり、19世紀末から20世紀にかけて急速に成長する産業の礎となりました。
記念碑は高校の敷地内にあり、日々の学校生活のなかに溶け込んでいます。石の表面には初期のマッチ箱のラベルが刻まれており、訪れた人が間近で見ることができます。
記念碑は江東橋にある東京都立両国高等学校の敷地内にあり、フェンス越しに道路から見ることができます。日中に訪れるのが最適で、近くの錦糸町エリアの散策と組み合わせると便利です。
清水誠はもともと造船を学ぶためフランスへ渡り、滞在中に勧められてマッチ製造に転じました。1899年に亡くなった後、政府は彼の功績をたたえ、この地から北東に約1.5キロ離れた亀戸天神社にも記念碑を建立しました。