Rajhrad Benedictine Monastery, チェコ共和国ライフラッドのベネディクト会修道院
ラフラド・ベネディクト会修道院は、スヴラトカ川沿いに白壁と赤瓦屋根の建物が並ぶ塀に囲まれた複合施設です。寄棟屋根の長い二階建ての翼棟の向かいに、クリーム色のファサードを持つ高い教会棟が立ち、暗い尖塔と時計盤を備えた二つの四角い塔が、アーチ型入口と小さな柱付きバルコニーの上の人物像を収めた壁龕を挟んでいます。バロック様式の教会は1722年から1739年にサンティニ=アイヒルの設計で建てられました。
1048年にブジェチスラフ1世がブジェヴノフからベネディクト会士を招き、1813年には皇帝フランツ1世が修道院を独立した修道院長管区に昇格させました。1253年のクマン人、1449年のフス派、1645年のスウェーデン軍による破壊を経て、現在の教会は1722年に着工し1739年に聖別されました。
修道院の図書館は2005年にモラヴィア文字記念館の基礎となった。修道士たちは写字室で書物を書き写し、また作成し、名高い修道院学校を運営していた。1880年から1911年まで、修道院はドイツ語の『ベネディクト会史研究通信』を刊行した。
境内はヴォイコヴィツェ用水路と現在のスヴラトカ川に挟まれた事実上の島の上、ラジュフラド中心部の東にあり、低い前面の壁の鉄門から入る。聖ペトロ・パウロ教会、修道院棟、プレラトゥーラを見学でき、2005年からは修道院図書館を母体とするモラヴィア文字記念館が建物を使っている。プレラトゥーラの北翼は結局建てられず、中庭の配置にその欠落が今も見て取れる。
修道院の図書館は2005年、モラヴィア文字記念館の基礎となった。モラヴィアの文化的生活を形作った修道士には、歴史家のベダ・ドゥディークとジェホル・ヴォルニー、作家のパヴェル・ヴィホディルがいる。