Charterhourse of Brno, チェコ共和国クラーロヴォ・ポーレにあるカルトジオ会修道院
ブルノのシャルトルーズ修道院は、クラーロヴォ・ポーレのボジェテホヴァ通りにある1375年創設の旧カルトゥジオ会修道院です。中心部には小回廊と大回廊の周りに修道士の独房が並ぶ中世の配置が残り、西側には簡素な聖三位一体教会があります。2002年以降、教会を除く施設はブルノ工科大学情報技術学部が使用しています。
モラヴィア辺境伯ヤン・インデジフ(カール4世の弟)は1375年8月13日にこの修道院を創設し、モラヴィア初のカルトジオ会修道院となった。修道士はガーミングから来て、聖堂は三位一体に捧げられた。1423年にフス派が焼き払い、1468〜1469年にはマーチャーシュ・コルヴィヌスのハンガリー軍が荒廃させた。1782年にヨーゼフ2世が廃止し、その後は兵舎と士官学校に使われた。
修道院のラテン語名はカルトゥシア・サンクタエ・トリニタティスで、ドイツ語名ケーニヒスフェルト(王の野)がチェコ語のクラーロヴォ・ポレの由来です。1375年にヨハン・ハインリヒ辺境伯が創建し、1405年に彼は教会に埋葬されました。現在、旧修道院複合施設にはブルノ工科大学情報技術学部が入っています。
ボジェチェホヴァ通り2番地の旧カルトジオ会修道院は、現在ブルノ工科大学情報技術学部が使用しており、敷地と建物は通常一般公開されていません。複合施設の西側にある三位一体教区教会は今も教会として使われており、訪問者が通常入れるのはこの部分です。
修道院教会は1604年にエメリッヒ・トゥルンが彫ったルネサンス様式の新しい聖歌隊席を備え、それは現在プラハの美術史博物館に所蔵され、現地には残っていません。教会には創設者の末子プロコプ辺境伯の墓もあり、1405年に父たちの聖歌隊席に埋葬されました。