Church of the Society of Jesus, エクアドル、キト歴史地区のイエズス会教会
ラ・コンパニアと呼ばれるイエズス会教会は、キト歴史地区のガルシア・モレノ通りとスクレ通りの角に建つ。ファサードは火山岩を全面に彫刻し、三つの垂直部分と二層に分かれ、ねじれ柱がニッチを囲み、アーチ形の両開き扉の入口がある。内部は金箔で覆われた筒形天井の身廊が方形の柱に支えられ、アーチ形の側祭室、濃色の木製の信徒席、窓のあるドーム下の金色の主祭壇が並ぶ。
イエズス会は1586年7月19日にキトへ到着し、現在のガルシア・モレノ通りとベナルカサル通りの間の一区画全体を買い集めた。工事は1597年にフランシスコ・アジェルディの下で始まり、1605年に後任へ交代。1605年から1614年にニコラス・ドゥラン・マストリッリがローマから届いた設計図を建築家マルティン・デ・アスピタルテと実行した。マルコス・ゲラは1636年にイタリアから着任し、ドーム、筒形ヴォールト、金の装飾を加えた。
通称は「ラ・コンパニーア」。イエズス会士ベルナルド・レシオは内部を覆う金箔から「黄金の残り火」と呼んだ。2015年7月7日にはフランシスコ教皇が悲しみの聖母像の前で祈り、1985年1月30日にはヨハネ・パウロ2世がミサを執り行った。
複合施設は歴史地区のプラサ・グランデから1ブロック、ガルシア・モレノ通りとスクレ通りの角にあります。入口は彫刻された石のファサードにあり、その奥に金箔の身廊が広がります。内部は現役の教会なので、礼拝中は見学が中断されます。
この教会は「南米のソロモン神殿」と呼ばれ、旅のイエズス会士ベルナルド・レシオは「黄金の残り火」と称した。1985年1月30日にはヨハネ・パウロ2世がミサを執り行い、2015年7月7日にはフランシスコが悲しみの聖母像の前で祈った。