Griechenbeisl, オーストリア、ウィーンのインネレシュタットにあるレストラン
グリーヒェンバイスルはフライシュマルクト11番地、グリーヒェンガッセとの角、聖三者ギリシャ正教会の隣にあるレストラン。建物は1350年に初めて記録され、数世紀かけて増築されたため、各階の床の高さが異なる。ツィターシュテューベル、マーク・トウェイン・ツィマー、円卓のあるルンデス・ツィマーなど、8つの客室はそれぞれ異なる時代のもの。狭い螺旋階段が上のアウグスティン・シュトゥーベンへ通じる。
建物は1350年に記録され、1385年にリリエンフェルト修道院へ売却された。食堂は1447年から記録がある。1500年頃は「ツム・ゲルベン・アドラー」、1762年は「ツム・ゴルデン・エンゲル」、また「ライヒェンベルガー・バイスル」と呼ばれ、17世紀半ばにギリシャ系・レヴァント系商人がフライシュマルクト周辺に定住した後にグリーヒェンバイスルという名になった。1852年、店主レオポルト・シュミートがここでウィーンで初めてピルスナー・ウルケルを提供した。
名前は17世紀半ばにフライシュマルクト周辺へ定住したギリシャ人とレヴァント人商人に由来し、この一帯はギリシャ地区と呼ばれるようになった。店名は彼らにちなむが、料理は一貫してウィーン料理である。入口の靴拭きの下には、歌手でバグパイプ奏者のマルクス・アウグスティンの像があり、帽子に硬貨を入れることができる。
レストランはフライシュマルクトにあり、シュニッツェル、ターフェルシュピッツ、自家製ザッハトルテなどの伝統的なウィーン料理を提供しています。特に観光シーズンのピーク時は待ち時間が長くなることがあります。
1963年の改修工事中に3つの石球が発見され、民間では1529年の第一次ウィーン包囲に関連づけられたが、実際には1683年の第二次包囲時の砲撃によるものとみられている。石球はアウグスティン・シュトゥーベンへ上がる階段の右側の壁に埋め込まれ、今も客の目に触れる。