Burgstall Kissing, バイエルン州キッシングにある城跡
ブルクシュタル・キッシングは、アルトキッシングの南東、レヒライテにある中世盛期の土塁付き丘城(モット・アンド・ベイリー)です。高さ約8メートル、頂上の台地が約12×18メートルの主丘は、中世盛期には4つの稜堡を備えた壁で囲まれていました。北側の前庭は深さ1.5~3メートルの堀で隔てられ、台地には現在、十字形のバロック様式の礼拝堂が建っています。
西暦1000年頃に小さなモット(土塁付き城)として築かれ、キッシング領主の居城となった。1085年にアダルベロ・デ・キッシンギンが初めて文書に登場する。アウクスブルクに面したヴェルフ家領内に位置し、中世盛期に放棄された。遺物は1200年頃の石造段階を示す。1498年の史料には「ブルクシュタール」と記され、前郭は農地として使われていた。
ブルクシュタールという名は放棄された城跡を指し、1498年には「Burgkstal」として記録され、当時は前郭の内部が畑として使われていた。1907年以降、北側の前郭は鋳鉄製の留め具を持つ十字架の道となり、1922年からは中央に戦没者慰霊碑が置かれ、1956年以降は第二次世界大戦の犠牲者も悼んでいる。
この場所へは、ヘルマンスベルガー通りから丘陵地に沿ってアクセスでき、誰でも無料で訪れることができます。歩道が遺跡と近くの礼拝堂を結んでおり、訪問中に両方を簡単に巡ることができます。
主郭台地の礼拝堂は「ブルクシュタルベルク礼拝堂」という別棟ではなく、ブルクシュタルカペレである。1681年からイエズス会の依頼で建てられ、1685年に聖別されたこの地域最初期のバロック建築の一つ。十字形でドームを戴く建物は1641年に記録されたマルター柱を置き換えたもので、その石造柱の一部は祭壇のメンサに組み込まれている。