古パンコウ福音書記者教区教会, ドイツ、ベルリンのパンコウ地区にある教区教会。
パンコウ村教会はレンガ造りの建物で、新ゴシック様式のデザインと、シンケル建築学派を反映した2つの八角形の塔を持っています。内部は、この時代のプロテスタント教会に典型的な、明快で機能的なレイアウトが特徴です。
パンコウは1230年頃、中央広場を持つ村落として成立し、広場にはおそらく木造の教会が建っていた。1375年のカール4世の土地台帳には、4フーフェの教区領を持つ牧師が記されている。15世紀には野石造りの単廊式教会がこれを置き換え、窓は煉瓦で縁取られた。フリードリヒ・アウグスト・シュテューラーは1857〜1859年に三廊式の煉瓦身廊と二つの八角形側塔を増築し、塔は戦災後の1953年に再建された。
この教会は1541年からニーダーシェーンハウゼンの母教会であり、1541年の教会訪問記録には、選帝侯ヨアヒム2世によるブランデンブルクでの宗教改革導入に際して80人の聖餐受領者が記されている。新ゴシック様式の説教壇と洗礼盤は1860年のもので、1964年のコヴェントリー十字架が西側の張り出し席の下に掛かっている。
この教会では定期的に礼拝が行われており、特定の時間に訪れることができます。礼拝時間外に訪れる予定の方は、入場できるように事前に開館時間を確認してください。
インゲ・パーペによる四福音書記者のステンドグラスは2枚で、1959年に教会の東側に設置された。身廊全体に散在するものではない。場所は中世の野石積みの合唱室で、その東破風には対をなす尖頭アーチの盲龕と7本の小尖塔からなる煉瓦の装飾が当初のまま残る。