カルノ広場, フランス、リヨンのプレスキル地区にある広場
プラス・カルノはリヨンのプレスキル地区にある広い広場で、ペラーシュ駅のすぐ南に位置しています。並木道、ベンチ、子ども向けの遊び場と小さなメリーゴーラウンド、スポーツエリアが整備されています。
この広場は19世紀初頭から存在し、プラス・デ・ヴィクトワール、プラス・ルイ16世、プラス・ド・ラ・リベルテなどと名前を変えてきました。1889年にフランス革命の数学者・軍事組織者であるラザール・カルノーを称えて現在の名前になりました。同年、共和国を象徴する中央の像がラザールの孫でフランス大統領だったサディ・カルノーによって除幕されました。
広場の北側では毎週小さな市場が開かれ、売り手が木の下に果物や野菜の屋台を並べます。近隣の通りから多くの住民が訪れる日常です。周囲にはカフェのテラスが記念碑に面して並び、人々は駅へ向かう前にそこでよく立ち寄ります。
広場はペラーシュ駅から徒歩で簡単にアクセスでき、リヨンの公共交通機関にも便利につながっています。毎週水曜日の午後には北側で小さな農産物市が開かれ、12月にはクリスマスマーケットが開催されます。
ラザール・カルノーの孫であるサディ・カルノーは1889年に広場の中央像を除幕し、その5年後にリヨンで暗殺されました。広場の名前はこうして、この地で起きた開幕の瞬間と悲劇の両方に直接結びついた一族の名を今に伝えています。