Convent of the Ursulines of Montpellier, フランス、モンペリエにある保護された歴史的修道院
モンペリエのウルスラ会修道院は、サント・ウルスュル通りの17世紀の建造物群で、1647年から建築家ジャン・ボナシエによって建てられた。淡いベージュの石造りのファサードは通りに沿って湾曲し、帯状の石積みをもつ二つの円塔が中央部を挟み、壁には鉄格子の細い窓が並ぶ。浅い段の広い石段が建物の基部へと上り、「Cour des Ursulines」の看板の下に扉がある。
14世紀に聖カタリナ会の修道女がここに修道院を建てた。1641年、司教ピエール・フヌイエはペズナスから6人のウルスラ会修道女を招き、貧しい少女の教育のために1647年から1657年にかけて建築家ジャン・ボナシエとともに修道院を再建した。修道院は1791年に閉鎖され、1825年から1934年まで女子刑務所、その後軍刑務所となり、第二次世界大戦中はゲシュタポがレジスタンスの尋問・収容所として使用した。軍は1986年に撤退し、市が建物を取得した。
ウルスラ会の修道女たちは1641年、司教ピエール・フヌイエの招きでペズナスから来て貧しい少女たちを教え、18世紀にはその教育は市内でも主要なものの一つとなった。名は隣接するサント・ウルシュル通りに残る。2025年以降、この場所には国立振付センターとモンペリエ・ダンス祭を統合したアゴラ(Agora, Cité internationale de la danse)が入る。
この建物はモンペリエ中心部にあり、公共交通機関でのアクセスが良好です。現在はダンスとパフォーマンスに特化した文化施設が入っており、歴史的な空間が現代芸術のためにどのように使われているかを体験できます。
占領下、ゲシュタポはこの修道院をレジスタンスの尋問・収容施設として使用しました。1934年から1945年までは軍事刑務所でした。刑務所時代に増築されたロトンダにより、すべての独房を一か所から監視できました。