リエカ, クロアチアのクヴァルネル湾に面した港湾都市
リエカはクロアチアのクヴァルネル湾に面した港湾都市で、急な丘とアドリア海の間の狭い海岸沿いに広がっています。旧市街は水辺近くの低い丘の周りに集中し、新しい地区は内陸に広がり、集合住宅やオフィス街が谷を埋めています。
ローマ時代の集落タルサティカは1世紀にこの地にありましたが、その後、近くの要塞が現在の街の中心へと成長し、影が薄くなりました。19世紀から20世紀初頭にかけて、この地域はオーストリア、ハンガリー、イタリアの支配を経て、第二次世界大戦後にはユーゴスラビアの一部となり、最終的にクロアチアに属しました。
リエカという名前はクロアチア語で「川」を意味しますが、かつてイタリア語が広く話されていた時代には、住民はこの街をフィウーメとも呼んでいました。今日では、メインの歩行者通りであるコルゾ沿いのカフェで、クロアチア語と地元の方言を混ぜて話す人々の声が聞こえ、夕方には家族連れが散歩を楽しみます。
中心部ではほとんどの見どころが近くに集まっているため、徒歩で探訪しやすい街ですが、高台の地区へは急な坂道があります。バスが郊外と中心部を結んでおり、ラッシュ時には頻繁に運行しています。
ロバート・ホワイトヘッドは1866年、地元の造船所で自己推進式魚雷を開発しました。この兵器は海戦のあり方を根本から変えました。彼の作業場は港のすぐそばにあり、技術者と労働者が設計の改良に何年も費やしました。