Pauline Monastery on Jakab Hill, ハンガリー、ケーヴァーゴーセーレシュの修道院跡
ケーヴァーゴーセーレシュ近郊のヤカブの丘にあるパウロ修道院は、壁が主に肩や腰の高さまでしか残っていない修道院跡である。後期ゴシックの聖堂はリブ・ヴォールトとともに、小さな教会のロマネスク様式の側壁も残り、バロック時代の再建で回廊と食堂が加えられた。2006~2007年に遺構の保存が行われた。
1225年、ペーチのベルタラン司教がメチェク山地の隠者たちをここに集め、ハンガリー唯一の修道会であるパウロ会の最初の修道院が生まれた。1234年と1252年の文書に修道院の名が見え、1334年には盗賊の迫害で修道士たちは麓のパタチへ移ったが、1369年には丘に戻っている。1500年頃、ロマネスク様式の後陣に代えて控え壁付きの多角形の聖堂後陣が建てられた。修道士たちはトルコ戦争前、遅くとも1543年までに去り、1736年にフォニョー・シャーンドル首席司祭が隠者用に修復したが、1828年には再び空になった。
丘の名は、聖ヤコブに捧げられた中世の村の教会に由来し、そのアプスと墓地が遺跡のそばで発掘された。ハンガリーで唯一創設された修道会であるパウロ会は、ギェンジェシ・ゲルゲイの年代記に最初の修道院の記憶を残した。聖堂の壁で見つかったルネサンス様式の窓枠の断片は、1500年頃の改築を物語る。
遺跡はケーヴァーグーセーレーシュの上のヤカブ山にあり、村から標識付きの道を徒歩で登ります。1970年代後半と2006~2007年の保存作業で壁が補強され周囲も整備されたため、現在は訪れやすい場所です。残る壁は腰や肩の高さほどで、山頂は遮るものがありません。丈夫な靴を履き、日差しや雨への備えを持参してください。
1978年の発掘調査では、1225年の年号を持つ中世のデナリウス銀貨が墓から出土し、創設者たちの埋葬地が特定されるとともに、現在見える遺構が1220年代のパウロ会修道院の上に築かれたことが判明した。同じ調査で、半円形の後陣と西側の内陣をもつ以前の村の教会も発見され、その聖ヤコブへの献名がヤカブ山の名の由来となった。